白老のアイヌ碑への行き方、アクセス方法の例です。
白老のアイヌ碑への行き方
白老アイヌ民族記念広場の中にアイヌ碑があります。
1.JRで白老駅に行く
JRで白老駅まで行きます。
白老駅には特急も止まります。
以前は苫小牧-東室蘭の間を711系などの3両編成で車掌も乗っている普通の電車の普通列車が走っていて、座席は正式な名前は知りませんが銀河鉄道999の座席と同じようなボックスのシートでそれほど混んでもおらず快適でしたが、現在は普通列車は2両編成くらいで地下鉄のようなロングシートのワンマンカーになってしまい、快適ではなくなってしまいました。
2.白老駅からアイヌ碑まで徒歩で行く
アイヌ碑は白老駅から徒歩で行ける距離にあります。
駅から1.2kmほど歩くと白老アイヌ民族記念広場があり、この広場の中にアイヌ碑があります。
以下の地図の赤の経路は歩道がある程度広いです。
白老アイヌ民族記念広場は普通の住宅街の中にあります。
3.帰り道
来る時と別の道を通りたいときは上の地図の青い経路で駅まで戻れます。
ただし、青い経路の道は歩道が狭く車椅子やベビーカーを使っている場合は通りにくそうなので、細い歩道を避けたい場合は来る時と同じ経路で駅に戻ります。
アイヌ碑の様子
白老アイヌ民族記念広場の中にアイヌ碑があります。

アイヌ碑(夕方)

白老アイヌ民族記念広場

白老アイヌ民族記念広場の説明
参考
参考リンク

参考
北海道に入植した和人の歴史が短いため「北海道の歴史は短い」という言い方をたまに耳にしますが、北海道には数万年前から人が住んでおり、北海道の歴史は長いです。
“北の地から日本の歴史を見つめ直す視点で、専門家6人がまとめた北海道史の概説書。高校生以上の読者が理解できるように内容を精選した。2006年刊行の下巻に次ぐ労作。上巻ではアイヌ民族に関する詳述を含め、旧石器時代から箱館開港までを解説した。”
“サケを獲る権利、
川を利用する権利、
私たちの先祖が当然のように持っていた
権利を取り戻したい…
(ラポロアイヌネイション 差間正樹)”
“──先住権について学ぶことは 日本人としての立ち位置を理解すること
近代とともに明治政府は蝦夷島を北海道と名称変更して大量の和人を送り込みました。支配を確立した政府はそれまでアイヌが自由に行ってきたサケの捕獲を一方的に禁止し、サケを奪われたアイヌは塗炭の苦しみを経験しなければなりませんでした。ラポロアイヌネイションは、近代日本の植民地政策によって奪われた浦幌十勝川河口でのサケの捕獲権を、先住権の行使として回復したいと主張して裁判を始めたのです。
アイヌの自覚的な先住権を求めるたたかいはこうして始まりました。北海道が明治政府の支配による入植植民地であり、アイヌの人々への抑圧と収奪によって成り立ってきたことを、植民者である和人はなかなか自覚できないできました。アイヌ先住権を学び、応援することで、和人は自分たちの立ち位置をようやく理解する入口に差し掛かったのです。
[刊行にあたって──北大開示文書研究会 共同代表 殿平善彦]”