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赤平市の旧住友赤平炭鉱などへの行き方

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旧住友赤平炭砿立坑(2010年頃)

旧住友赤平炭砿立坑(2010年頃)

 北海道赤平市の旧住友赤平炭鉱の施設群や旧赤間炭鉱のズリ山などへ公共交通機関で行く方法の一例です。

※当方が自分用に調べた内容です。正確な最新の情報は交通機関の公式情報などをご確認ください。

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旧住友赤平炭鉱などへの交通案内

JRで滝川駅まで行く

 JR滝川駅へ行く列車はそれなりに本数があります。
 そこで、とりあえずJRに乗って滝川駅まで行きます。

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釧路、帯広から滝川までの路線

以前は釧路や帯広などから滝川へJRで行けましたが、新得-富良野間が廃線にされて線路が切れてしまい、釧路や帯広から滝川へJR列車で行けなくなってしまいました。
※札幌や網走を通る遠回りで行けると言えば行けます。

JRで赤平駅まで、または路線バスで「滝川駅前」から「赤平消防署」まで

 JR滝川駅で乗り換えて、赤平駅まで行けます。
 赤平駅から住友赤平炭鉱跡の施設群や赤間炭鉱ズリ山などへは徒歩で行けます。

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 しかし、JR赤平駅を通る列車は本数が少なすぎて、かなり不便です。
 赤平近辺に限らず、稚内から旭川までのJR路線など多くの場所で列車本数が減らされ続けて不便な状況です。

 以下は、なぜこれほど日本の鉄道網が崩壊してきているかについての参考記事です。

【論文】ローカル鉄道に国・自治体・住民はどう向き合うべきか(地脇 聖孝)
鉄道は限られた利用者がすべてを負担し、公的関与がないのが当たり前というふうに市民も信じ込まされてきました。今日の地方鉄道の危機は、世界標準とは真逆の「日本だけの特殊な市民意識」によっても加速しているのです。
【論文】JR北海道の路線廃止と地域対応 ―鉄路は地域発展に不可欠―(小田 清)
国鉄の分割・民営化から31年。見通しの誤りからJR北海道は経営危機に陥りました。その結果、鉄路の半分を経営分離しようとしています。JR北海道や道庁、国、地域住民の取り組みを紹介します。

 上記リンク先の記事に以下のようなことが書いてありました。

このような状況は、政府による国鉄分割・民営化の失敗といわざるをえません。元来、安定的な交通の確保は憲法に保障された国民の権利であり、政府が公的インフラ施設として整備しなければならないものです。公的な交通手段を「民間事業」(JR北の所有者は事実上政府であるが)にゆだねた結果、単なる企業の経営問題として扱われてしまったのです。

このような交通政策は間違っています。同じ交通施設でも道路や港湾、空港は公共事業として公的資金で建設がなされ維持されています。その施設を自家用車やバス、トラック、船舶、航空機などが利用していますが、建設費は負担していません。しかし、鉄道の場合は施設と運行車両が一体として運営されています(太字引用者)。とくにJR北の場合、長大路線と積雪寒冷という本州にはない悪条件を抱えての運営で、赤字がかさむのは当然です。

鉄道は通学・通院・買い物・ビジネス活動・貨物輸送・観光など、日々の暮らしや仕事に直結しています。とくに北海道にとっては、日本の食料基地としての農水産物の輸送、国際的に人気が急拡大しているインバウンドにとって不可欠な移動手段です。さらに、北海道の鉄道は、明治期以降、石炭輸送を皮切りに、内陸部開拓に重要な役割を果たしてきました。そのことが持つ歴史的・文化的価値も重要で、これからの地域発展を考える上ではかけがえのない財産となります。

小田清「JR北海道の路線廃止と地域対応 ―鉄路は地域発展に不可欠―」からの引用

 JRの本数が少なすぎますが、滝川駅前から赤平へ行く路線バスはそれなりに本数があるので路線バスで行けます。
 バス停「滝川駅前」からバス停「赤平消防署」まで、北海道中央バスの「滝芦線」という路線で行けます。

 路線バスとJR列車の時刻表を見て、直近で路線バスがあればバスで行き、たまたま赤平方面行きのJR列車の発車時刻が近ければJRで行くと良いのではないでしょうか。

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赤平市の炭鉱施設跡

 目立つ旧住友赤平炭鉱の立坑櫓や、その周辺の抗口浴場跡や自走枠工場跡や、赤間炭鉱のズリ山の展望台などがあります。

 以前はごくたまに住友赤平炭鉱の立坑櫓の建物内の見学会や自走枠工場内の見学会が開催されることがありましたが、現在は赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設というものが作られ、以前より頻繁に工場内の見学ができるらしいです。

旧住友赤平炭砿立坑(2010年頃)

旧住友赤平炭砿立坑(2010年頃)

旧住友赤平炭鉱の抗口浴場(たぶん)

旧住友赤平炭鉱の抗口浴場(たぶん)

参考リンク

あかびら炭鉱の歴史 – episode3 炭鉱遺産|赤平観光協会
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 – 北海道赤平市
所在地:赤平市字赤平485番地 電話番号:0125-74-6505 赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設のFacebook…

北海道の情報

「アイヌからみた北海道150年と新法」 石原真衣・北海道大学大学院専門研究員 | 日本記者クラブ JapanNationalPressClub (JNPC)
5月24日に新法「アイヌ施策推進法」が施行されたことを受け、アイヌ民族について研究している石原氏が会見した。日本では外国人の増加で「多文化共生」が掲げられているが、国内にも様々なルーツを持つ人…

「北海道の鉄路は全路線の半分に当たる10路線が維持困難として廃線の危機に直面している。国鉄の「分割・民営化」から30年、JR各社では不採算路線の廃止などで、全国的な鉄道網の分断が進行している。鉄道は安全性、定時性、高速性で高く評価され、地域社会の発展に不可欠であるのに、政府の自動車・航空偏重政策の前に危機を迎えている。  本書は、JR北海道の危機的状況にたいして、新自由主義による従来の「分割・民営化」路線の破綻を総括し、「持続可能な社会」の考え方を基本に、鉄道路線の存続・再生、地域経済・社会の再生の道を提起する。」

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〈──先住権について学ぶことは 日本人としての立ち位置を理解すること
 近代とともに明治政府は蝦夷島を北海道と名称変更して大量の和人を送り込みました。支配を確立した政府はそれまでアイヌが自由に行ってきたサケの捕獲を一方的に禁止し、サケを奪われたアイヌは塗炭の苦しみを経験しなければなりませんでした。ラポロアイヌネイションは、近代日本の植民地政策によって奪われた浦幌十勝川河口でのサケの捕獲権を、先住権の行使として回復したいと主張して裁判を始めたのです。
 アイヌの自覚的な先住権を求めるたたかいはこうして始まりました。北海道が明治政府の支配による入植植民地であり、アイヌの人々への抑圧と収奪によって成り立ってきたことを、植民者である和人はなかなか自覚できないできました。アイヌ先住権を学び、応援することで、和人は自分たちの立ち位置をようやく理解する入口に差し掛かったのです。 [刊行にあたって──北大開示文書研究会 共同代表 殿平善彦]〉